先日、お弟子さんから気なるアイテムを見せてもらいました。
それは、「御影石のような固い材質」でできたエンドピンストッパーでした。
しかし、これは単なるすべり止めではなく「音をよりよくするアイテム」だったのです。
もう少し詳しく知りたいと思い、ちょっと調べてみることにしました。
コントラバス,チェロ向け演奏用複合材エンドピン共鳴体(増音器)「 KaNaDe/TheStrings1 (レゾネータ) 」大小各1個入 (黒箱入り)
その名は、カナデ・ザ・ストリングス(KaNaDe/TheStrings)のレゾネータ
商品説明を見ると「エンドピン共鳴体(倍音器)」と記されるように、単なるすべり止めではなさそう。
「エンドピンに伝わる振動を共振・反射させ、振動を楽器に戻すことで音を増幅する」と説明があるが、どういうことなのだろうか?
説明には「共振で増幅させ「振動を1.5倍」にしてチェロに戻す」とある
そもそも:エンドピンストッパーのモヤモヤ
チェロは「床も楽器として使う」楽器
エンドピンは楽器を支える役割はもちろん、「チェロの振動を床に伝え、音を大きく伝える」役割も持っています。
そのため、振動を無駄なく伝えるには、エンドピンを床に「直接」ブスリと刺せることが望ましいとされています。
しかし、現実問題、ブスブス刺していい床はほとんどありません。
というわけで、ゴム製のエンドピンキャップは当たり前のようにつけています。
また、エンドピンキャップは滑りやすいため、さらに滑り止めとして「エンドピンストッパー(愛称:ブラックホール)」を使っている人が多いのではないでしょうか。
モヤモヤポイント:ゴム使ったらダメなんじゃない?
私が長年モヤモヤしていたのは、「ゴムは振動を減衰させるから、エンドピンやゴム製のストッパーを使ったら音が小さくなっちゃうよね」ということでした。
だから、プロを見ても床に直接エンドピンを刺しているし、ソロの演奏会では「共鳴台」が用意されています。
エンドピンの振動を床に減衰なく伝えるには、ゴムほど邪魔な存在はありません。
しかし、やはり直接刺せないところが多いのも事実です。
コンサルトホールによっては直刺しNGのところもあるし、友人宅で演奏するときに床にブスリなんて刺したら、その後の友人関係が悪化してしまいます。
結局、ゴムやストッパーを使って、本来の響きを殺して弾くことになっており、モヤモヤポイントでした。
と、思っていた時に、このエンドピンストッパー「共鳴体」を教えてもらいました。
一言で言えば、「エンドピンに伝わる振動を反射させ楽器に戻して音を増幅するアイテム」とのこと。
ゴムに吸収させ無駄にしていた振動を楽器に戻すことで、楽器から音を放出するという仕組みらしい。
確かにゴムに吸収させるくらいなら、楽器に戻したほうがいいというのは理にかなっているし、
例えば、エンドピンのないヴァイオリンはすべて楽器から音を放出しているので、チェロだって同じことはできるはず。
さらに、お弟子さんがこのアイテムを買った理由に驚きました。
直接エンドピンを刺せる環境であっても、音が変わる
お弟子さんがこのアイテムを購入した理由は、こうでした。
「友人宅で床には刺して演奏できたんだけど、ぜんぜん響かなくて困っちゃって。それで、これを次回から使ってみたら、響きが変わったんだ」
つまり、刺せる床でも、床によって響きが出ないことがあるということです。
一般的なコンサートホールなら響くように設計されているので問題は少ないはず。
しかし、楽器の演奏が想定されていない、例えば友人宅で弾くときにはこういった問題が起こることがある、ということを初めて知りました。
さっそく、弾いてみました
お弟子さんにお借りして、控室で少し弾かせてもらえることができました。
■自分で弾いてみる
弾いてみてすぐに感じたのが「楽器が鳴りやすくなった」ということでした。
振動が戻ってくることで、より耳に近い位置にある楽器が鳴る→音が大きくなったと感じる、ということでしょうか。
悪く言えば、「側鳴り」するようになったと感じです。
■弾いてもらう
弾いてもらい、このレゾネータの有無で聴き比べてみました。
あまり大きな差は感じず、やはり自分で弾いたほうが、「音が大きくなった」と感じやすかったです。
とは言え、楽器本体に手を加えなくても、より鳴りやすくなることは大歓迎です。
結論:「ドコでもユカ」
勝手に命名させていただくと、チェロのために作られた最高の「ドコでも『床』」です。
チェロのために最適化された床を、いつでもどこでも持ち運びができるようになったのだ。
いい時代になったものである。
チェロ専用の演奏台を用意しなくとも、このアイテム一つで、どこでも最適な床を得ることができる。
この発想はなかった。
とうわけで、色々な場所で演奏する機会が多い人にはおススメできる商品です。
自分の場合は、コンサートホールが多いし、いらないかな~と思っていました。
しかし、開発エピソードを知って、買いたくなってしまったのである。
こぼれ話
やっぱり、ブレーキパッドか!
お弟子さんから借りたときに「重たい!」と感じ、「石ですか?」と聞いたのですが、どこかで見たことのある材質でした。
この製品を設計・生産しているのは埼玉県にある「金井製作所」さんですが、開発者は元・日清紡ブレーキの方でした。
「日清紡ブレーキ」は、ご存じの通り、自動車のブレーキパッド(ディスクパッド)を製造している有名なメーカです。
(日清紡といえば、ニッシンボーとイヌやクマ出演するコミカルなCMをご存じの方も多いのでは。)
ブレーキパッドの主力はやはり自動車ですが、これ以外の市場開拓も必要なのが今の世の中。
ブレーキパッドの「共振現象」の技術を、おなじ共振である「音響分野」にピボットし、その中で新規事業を立ち上げました。
アンプやスピーカーなどのインシュレータ開発から、この弦楽器向け共鳴体の開発にたどり着いたそうです。
しかし、採算性の問題から会社からストップがかかってしまいました。
やはり弦楽器というニッチな市場では、採算性が一番の問題となるのでしょう。
しかし、開発者の方が退職されるタイミングで、金井製作所の社長さんと意気投合し、本製品の販売に踏み切ったそうです。
チェロだけでなく、ヴァイオリンの肩当てにも応用されています。
■元ブレーキの職人の技「カナデ」が支える弦楽奏 (2018/3/26 日本経済新聞)
http://composite-inshulator.p2.weblife.me/_src/1157/nikkeidenshi.pdf
この話、技術者として、とてもしびれます
私も実は、技術者のはしくれである。
このブレーキパッドの技術を音楽に応用するという発想は、とてもしびれるのです。
既存の技術を別の市場領域に応用するという、このシフト、技術者なら誰もがやってみたいことだからです。
しかし、会社からストップがかかるように、この「多角化領域」にいきなり挑戦するのはハードルが高いのも事実。
ですので、これを製品化し夢をかなえた開発者と金井製作所の方のエピソードに大変感激いたしました。
妻よ、これ買ってもいいですか?
そんなお金、うちにありましたっけ??
ぎくり…。
コントラバス,チェロ向け演奏用複合材エンドピン共鳴体(増音器)「 KaNaDe/TheStrings1 (レゾネータ) 」大小各1個入 (黒箱入り)
床を楽器にすると感じた体験
以前、客席でチェロの演奏を聴いていた時に驚きの体験をしたことがあります。
それは、「奏者の振動が背骨から伝わってきたこと」でした。
奏者がある低音を弾いたときに、椅子から背骨に音が伝わってきました。
その時の奏者との距離は10 m近くあったのにかかわらずです。
こういう経験があったので、やはりチェロの振動は直接、床に伝えたい、という気持ちが強くあります。
だからって、床に刺したらぶっとばすよ。うち、賃貸なんだから。
はい…。